スキップしてメイン コンテンツに移動

投稿

8月, 2025の投稿を表示しています

大竹次郎さんの音楽愛

  私が新星堂に入社したのは1973年、23歳の時だった。この当時の新星堂は飛ぶ鳥を落とす勢いで、次々に店舗を増やしていた。稼ぎ頭は吉祥寺駅ビル、当時は吉祥寺ロンロンと呼ばれていた店舗で、毎日客が溢れ、一日の売り上げは百万円単位だった。 最初に私が配属されたのがそのロンロン店で、鬼のように忙しかった。しかし幸か不幸か1ヶ月ほどで西荻店に転勤を命じられる。多分、新人のくせに朝から酒臭かったからだと思う。 西荻は楽しかった。三好店長をはじめ音楽オタクが揃っていた。クラシックの藤原さん、歌謡曲の山森さん。仕事が終わって2階の部屋(昔、新星堂の寮だった)で呑みながら音楽談義に花が咲いた。隣の肉屋の美味いコロッケをツマミに。   それから2年ほどし、長男が生まれた後、店長に指名され、青梅店に転勤する。 まてよ、新星堂での私の社歴を書くつもりではない。大竹社長の音楽愛を語りたいのだ。 大竹次郎さんは先代社長宮崎さんの義理の弟、つまり宮崎さんの奥さんの弟さんで、私が就職した当時は専務だったと思う。 宮崎社長が亡くなり、その後社長夫人が暫く継ぐのだが、すぐに三代目社長に就任したのが大竹さんだ。前後して会社は株式公開し資金が大量に流入したせいだと思うのだが、新宿NSビルにライヴ会場「ミノトール」をオープンさせ、TV東京で音楽番組「エヴァーグリーン・ミュージック」をスタートさせる。いま考えてみると、内外を問わず凄いミュージシャンが出ていた。ジャズ、フォーク、シャンソン、ワールド・・・。 エヴァーグリーンには伏線があって、EGR(エヴァーグリーン・レコード)と銘打って、在庫しなければならない名盤を、新星堂の為だけに各メーカーにプレスしてもらった作品に名づけられていた。 売れる、売れないではなく、内容の良し悪しで在庫を判断する「シリウス・コレクション」も独自に展開した。廃盤状態のものは自社レーベル「オーマガトキ」が発売もした。 考えてみるとレコード屋の鑑だ。 貿易部を作り、洋楽志向の輸入盤店Disk Innを開業。一般の新星堂でも個別に輸入盤のオーダーに応えていた。針の穴のような細かいオーダーに対応していたのだから驚く。 アルバムの復刻ばかりではない。誰も知らないような人のCDを発売したかと思ったら、来日公演までやってしまうのである。 エヴァ・デマルチク。ポーランドの“黒い天使”と...